「結わえる本店」でおいしい酒と肴に酔い、厩橋を渡り、対岸まで歩いていく。店から徒歩2分の場所に大江戸線「蔵前駅」があって、佃島にはすぐに帰れるのだが、あえて子どもの頃から馴染みのルートをたどりたくなったのだ。日没後、濃い藍に染まっていく、隅田川周辺の情景は、昔も今も江戸の美しい名景のひとつだと思う。
東京湾を臨む豊海埠頭と、東京スカイツリーがそびえる押上、芸者街があった柳橋をまっすぐむすぶ清澄通り。この道をクルージングする都バスに乗って過ごす時間がとても好きだ。小名木川が流れる高橋、居酒屋の名店がある森下、北斎が暮らした両国、震災後のハイカラな復興長屋が残る清澄白河、賑やかな門前仲町の巽芸者街跡、ゆったりと流れていくダウンタウンの景色。郷愁の想いとともに、悠然と時空を遡る旅を愉しめる。
墨田区界隈の、なにげない個人商店の灯りに胸がキュンとなる。実家のある佃島は急速に消えゆく光景。だから、個が元気な台東区や墨田区の街に僕は惹かれるのだろうか。
佃島のバス停を降りれば、かつての長屋街の路地にすぐ入っていけて、深い安堵に包まれる。その瞬時に場面が変わる感覚にも心が休まる。眩い都会だが、暗がりという余地がかろうじて生まれ育った街にも息づいている。
LEICA MESUPER WIDE HELIAR