2018年10月19日金曜日

iki


浅草・田原町の歴史を調べる過程で、浅草は厳密には江戸ではなかったことを知る。「川(神田川)向こうの江戸に行ってくる」。江戸時代の浅草の人たちは江戸城の城下町だった日本橋方面に出かけるとき、そう口にしていたようだ。浅草は江戸ではない。この根本を頭の片隅に置きながら、取材を重ねていこうと思う。


江戸時代末期から仲見世で江戸趣味小玩具を販売している「助六」5代目の木村吉隆さんに、記事原稿を見せに、江戸から浅草に行った。81歳とはとうてい思えぬ頭脳明晰ぶりと元気さ、洒落た身なりに浅草の粋人の典型をみる。数回顔を合わせただけで、紋切型に決めつけてはいけないが、他人との絶妙な距離感を大事にして、野暮も粋もわきわめた木村さんのさっぱりした言動は、代々、浅草に生まれ育った人の気質を象徴しているととらえ、江戸っ子ではない浅草っ子に格好よさを覚える。その言葉の巧みな選択と用い方は、文章にも転用できる。たくさんの心構えを木村さんから学べた。深謝! 今日の昼は外食ランチを多様な趣味のひとつにしている木村さんが推す、東銀座の一軒に向かおう。

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