佃1丁目。江戸時代の砂洲から始まる佃島オリジン。僕の実家がある3丁目は埋立地。新佃島だから、元祖の粋な風情が眩く、ずっと憧れて暮らしてきた。半世紀過ぎた今も想いは変わらない。子どものころ、赤い橋のたもと、運河沿いの路地で大人たちがベンチに腰かけて酒を交わす情景を眼にした。それは快楽的な情景として心に刻まれている。
佃1丁目で信仰される住吉神社。僕はここの神主さんから名前を授かった。大阪・佃村から漁師をこの地に招いた、あの大将の一文字をいただいた。
境内を抜け、この町でもっとも情趣豊かな路地に分け入る。今も多くの家が井戸水を汲み上げている。かつては3丁目にもちらほら見られたが、今はたぶんなくなった。1丁目では依然として日常に溶けこんでいるのが羨ましい。もし僕が1丁目の井戸がある家に生まれ育っていたら、余所に移住することはなかったかもしれない。生涯、古い家屋を含めた景観と環境を護ろうとしたと思う。
路地の奥に佃煮屋が佇むことを知ったのは、つい先日のこと。佃には代々、3軒の老舗が佃煮の商いをしてきたが、「つくしん」の存在には気づかなかった。4軒目として新たに開店したのかと思ったが、70年ほど前からここで佃煮を造り、卸しをしていたらしい。店を出したのは数年前からとのこと。
オリジンの佃煮屋のほか、築地場外の店も保存料などのケミカルな添加物を当たり前のように和えている現況のなか、「つくしん」は無添加を貫く。その誠実な姿勢に惚れて、築地の仕事場に向かう前、開店する朝8時に伺った。驚いたのは、暖簾や商品パッケージに岩手紫波町「小田中染工房」3代目、小田中耕一さんの型絵染めが用いられていたこと。
ほのぼのと温かな意匠。師匠の芹沢銈介が褒め称えた文字の味わい。それを佃島で観ることになるとは。縁を感じながら、弁当用に小分けの佃煮を求めた。『あさり』は75gで450円、『かつおそぼろ』は80gで500円。お土産というより、普段使いに応じる良心的な値段。「100gだと多いから」とおかみさん。少なめに安価に提供する気遣いが洒落ている。
小田中さんから贈られたという手仕事フォーラムの卓上カレンダー。僕も毎年、家と仕事場で愛用。世界一の卓上カレンダーだと感じている。なんだかとても嬉しくなってしまった。あっ、なんと支払いはQUICPAYや交通系ICカードにも対応! 素晴らしい。
奈良井宿のワッパ弁当箱に『かつおそぼろ』をふりかけ、『あさり』を盛る。『かつおそぼろ』はご飯にたっぷり載せても3食分くらいの量がある。あさりは生姜をたくさん使い、柔らかく程よい塩梅で煮上げているという。どちらも、自然素材だけの稀少になった佃煮。最高においしい! 佃に泊まる愉しみが増えたなぁ。また、朝に寄ろう。
SIGMA DP3 MERRILL 75mm / f2.8