2018年5月19日土曜日

クバ笠


90年代半ば、シーカヤックの専門誌や書籍を制作しようと躍起になっていたころ、西表島をシーカヤックで一周する1泊2日の海旅を取材した。食料や水など200kgもの荷物を搭載した艇をひとりで漕ぎ、マンイーターのタイガーシャークがよく出没するという島いちばんの難所にさしかかったとき、猛烈な暑さと湿度で頭が朦朧とした。外洋の大波に揉まれて転覆すれば、サンゴ礁のリーフエッジに叩きつけられ、海の藻屑となってしまうかもしれない。持参したアウトドアメーカーの最新ハイテク素材の帽子はまるで役に立たなかった。そこで直前に石垣島で買い求めた、宮古島の海人(漁師)が使っているというクバ笠をかぶると、たちまち頭にこもった熱気が冷めた。クバという南国の植物を編んだ帽子。雨は通さず、風はよく通し、炎天下でも内側は天然クーラーのように涼しく快適だった。


島と海の人の叡智に敬服した感銘が、草文化を探求する矢谷左知子さんのアトリエで過ごしていたときに思い起こされた。壁にディスプレイされるクバ笠は自分のものとは形状がかなり違うから、用途も異なるのかもしれない。ツバが広がるかたちから想像すると、農作業用の帽子なのだろうか。


さりげなく飾る矢谷さんのセンスに惹かれ、僕も居間の壁にクバ笠を掛けることにした。このコーナーには美しい編組品をいつか飾ろうと、ここ10数年、あえて空けておいたのだが、長らく屋根裏に放置していたものが、こんなにふさわしいものだったなんて、なぜ今まで気づかなかったのだろう。人真似でなく、自然と美の選択ができる男になりたい。

SIGMA DP3 MERRILL 75mm