2018年8月5日日曜日

miharu



今年の夏休みも青春18切符で鈍行の鉄旅。目的地は福島県三春町。片道約8時間とスローな行程だけど、逗子駅から宇都宮駅までのグリーン車と、乗り継ぐローカル線の窓から、水田、野山や川の風景をぼんやり眺めているだけでもちっとも退屈しない。iPhoneで音楽を聴き、時々、藤原新也の『西蔵放浪』をめくり、悠然と微睡む。ライカのズミルックス35mm 1stモデル、絞り開放で捉えたチベットの光が幻想的で、心地いい眠りに誘う。



コントラストの高い青と緑。日本はつくづく美しい。



宇都宮から黒磯、新白河、郡山で乗り換え、三春駅に14時過ぎに到着。時間はかかったけれど、終始座れて体は楽ちん。



タクシーで張子人形の里、郡山市西田町高柴のデコ屋敷に移動。この集落はNHK「新日本風土記」での紹介も記憶に新しい。撮影には2ヶ月かけたそう。



三春駅のある市街地から車で約10分なのに、丘の上にある集落は隠れ里の様相。駅から歩くと40分くらいかかる。歩いてもよかったが、ゆとりのない日帰り旅ゆえ、許される現地滞在時間は1時間半ほど。イラストレーター佐々木一澄さんから情報を得て、ピンポイントで一軒の張子工房だけを目指した。



ついに訪問できた「橋本広司民芸」。まずは和菓子「虎屋」各店に飾られる、あの張子に対面。この虎と丸兎の張子は地域で最初期から作られてきたのだという。災いに睨みを効かせて撃退する縁起物。中国から伝来したモチーフだ。





佐々木さんが作品として過去に描いた歌舞伎の「腹出し」と、この工房を代表する張子「鞨鼓」も、屋敷内に並ぶ膨大な数の人形群にまぎれて無造作に置いてあった。素朴なかたちと表情、軽やかで作為のない柔らかな線描、華やかな色彩に心浮かれる。前もって買うものは目星をつけていたのに、気が遠くなるバリエーションを前に、眼と心が惑わされ、汗が吹き出す。



定番の干支シリーズから妻が選んだのは犬の張子。



とぼけた表情がたまらない。



さんざん迷った末、唐人形の「象乗り童子」を買う。首が動く、凝った構造の張子。唐物のモチーフが三春張子には多いと第17代目の広司さんは話すが、京都を主に、各地の張子や土人形も制作の参考にしてきたのだろう。



相当に古そうな人形も商品群に混じって、なにげなく飾られている。これも譲ってくれるのだろうかとドキドキした。個人的には日に焼けたり、経年変化で色あせたものが好みだ。遠慮せず、尋ねてみればよかった。



一見、混沌のうちに、意図が働いている。配置には人形への愛情が感じられた。彼らも微笑んでいるみたいだ。「一生一笑」。これが広司さんのモットー。



工房隣の資料館には木型が展示されている。この首人形はこけしの原型ともいわれる。眼の描き方が佳い。こう、さっと力みなく、素早く描ける工人はそうはいない。技術だけじゃない、受け継がれたセンスが大事なのだ。



どれも佐々木さんの絵を彷彿とさせる、幸せいっぱいの顔、色。なんて素敵なポップアート! ファンシーとは一線を画したもの。ギリギリの境界にあるが、両者は大きく相違する。日本においてポップな表現を無意識にできる描き手は少ない。技巧に走り過ぎても、観る人に媚び過ぎてもいけない。その塩梅が難しい。



木型に紙を貼り重ねていく工人。羨ましい仕事。
 

母親のアサさん(第16代)が92歳で他界して最初の盆を迎える広司さん。灯籠に灯す電球を手に歩く姿は! 自然と踊りの姿勢になっているではないか。



思わず踊りを披露してもらった。



ふだんは他人と話すのが苦手という内気な人が面をかぶったとたんに豹変する。心の奥に潜むものが引き出され、別の人格になれるのだという。



三春どころか、たぶん日本随一の、ひょっとこ踊りの名手。激しい表情、手の動きに息を呑む。トランス状態になるバリ島のダンスに似ている。



そして異様な高揚感がもたらされ、首根っこが熱くなる。観てくれる人が笑ってくれたら、とても嬉しいと広司さん。もともとは能と同じく神に捧げられた芸能。可笑しみより、神妙な気持ちになった。何がが憑依しているようにも思えた。



人形に心を吹き込むために、この芸能をやっているとも広司さんは口にした。







あれ、面を取ってもテンションは変わらない!
しかし、この数秒後には物静かな人に戻っていた。極端な変身に口あんぐり。買い物と予期せぬ芸能との遭遇。この特別な体験に、こちらは興奮が冷めず、後ろ髪を引かれ屋敷を後にする。



近くの茶屋で味噌田楽とソフトクリーム、冷たい甘酒を味わいつつ、タクシーを待つ。



次の電車まで時間が空いたので、三春駅内の売店で、地域産のキムチを肴に缶ビールで乾杯。これぞ鉄旅の醍醐味。宇都宮駅ビルでも餃子をたらふく食べて大満足。よく冷えた、あまとう酎ハイの旨さ、清涼が火照った身体に染み渡った。逗子駅には22時過ぎに戻る。完璧なタイムスケジュールを計画してくれた妻、そして幸運な巡り合わせに導いてくれた佐々木さんに深謝。

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