2019年10月27日日曜日

kaj franck



人口3万人ほどの町に県立美術館がある。それが葉山町の凄さ。家の近く、葉山一色海岸を望む「近代美術館  葉山館」ではフィンランド・デザインの良心、カイ・フランク展が催されている。その関連イヴェントのひとつ「近代美術館入門講座 カイ・フランク 究極のデザインもしくは“労働に対する喜び”」を拝聴。葉山町福祉文化会館での催し。地元住民と思われる年配者の姿が目立ち、この町らしい、のどかなムードのなか行われた。



講師は町内に暮らす県立美術館・主任学芸員の高嶋雄一郎さん。知人の骨董商O氏から嗜好・関心の奥行きなど人物像を耳にして、かねてから会いたいと願っていた。「僕は口が悪いんです」と高嶋さん。ズバッと本音と主観を交えて、企画展会場では知り得ないことを簡潔に、興味深く話してくれた。カイ・フランク展の公式図録を編集したのも彼。ひとつの型で多色展開したカイに習って、表紙も 4色のなかから選べるようにした。



カイのデザインにおいて転機となった重要な製品と高嶋さんが指摘した『チューパ』。このほか、本邦初公開の貴重な写真もたくさんスライド上映で照射。そのリサーチ能力の深さにまた関心。フィンランドの有名なデザイン・ミュージアムでも、ここまで深掘りする学芸員はたぶん存在しない。カイについての研究資料は意外に少ないのだ。



葉山館地下の図書室ではカイの資料を集めたコーナーを設置しているとか。会場をあとにしてまっすぐ向かった。1958年発行のレアな冊子「工芸ニュース  NO.26」も手にとって読めるし、有料(モノクロ1枚10円、カラー 1枚40円)でコピーもできる。なにげにすごい!



1958年に産業工業試験所はカイを招いて日常生活用品のデザインを中心にした講習会を催した。その詳細を21ページに及んでレポートした記事は貴重な資料。プロダクト・デザインを学ぶ人、興味ある人は必読ではないだろうか。装飾は色だけで十分と、ミニマルなかたちで、なおかついろいろな用途に応える自由な器をデザインしたカイ。腕のよい職人をリスペクトし、協働で民衆のための良質な大量生産の製品を生み出した。民藝の祖、柳宗悦の思想とシンクロしつつも、両者は一致しない。合い交えるのは工業デザイナーの柳宗理や、無印良品をディレクションする深澤直人の方向だろう。その差異についてもさりげなく触れた高嶋さんのクールさに僕は好感を持てた。いつか、ゆっくり語り合いたいな。



いちばん売れていないというイエローのカバーを購入。館長もじつはこの色を選んだそう。棚の奥からアラビア社の磁器『ティーマ(テーマ)』を 15年ぶりくらいに出して、コーヒーを呑みながらページを開いた。自身初のカイ・デザインはイエローのカップ&ソーサーだったからカイ=イエローと僕の頭には刷りこまれている。図録は高嶋さんの語り口同様に斬新だ。展示をなぞるのではなく、独自のテーマを設けて巧みに編集されている。美術館の公式図録としても独特で、秀逸な一冊だと思う。ちなみに図録は『カイ・フランクの旅』(グラフィック社)を編んだ葛西良子さんが資料提供者のひとり。民藝とカイ・デザインの違いをよく理解する2人が編集したカイ・フランク本が現在、新刊として発売されていることに、僕は悦びを感じる。

「近代美術館入門講座 カイ・フランク 究極のデザインもしくは“労働に対する喜び”」は10月 30日(水)に逗子市役所でも催される。オススメ!

SIGMA DP3 MERRILL 75mm / f2.8