2017年6月8日木曜日

中井窯のビアマグカップ


もやい工藝の故・久野恵一さんが指示し、中井窯が制作したビアカップ。自分にとってはビールを飲むのに最上の酒器である。素焼きの地に線がさりげなく彫られている。口が当たるフチには、この窯の特色である鮮やかな緑釉がぽってりと掛けられている。線は手に持ったときにグリップ感も高める機能も果たす。このそっと描く線は久野恵一さんが職人に提案する意匠の基本。恵一さんのサインのようなものだろう。美意識が投影されたもので、その意識はたぶん恩師・鈴木繁男さんからの教示に由来するのではと想像している。


目に見えぬごく微小な孔が空くボディにビールを注ぐと、素地の特性からクリーミィな泡がふっくらと立ちあがってくる。沖縄のぶくぶく茶みたいな質感だ。どんな安い缶ビールでもこのカップで飲めば上等な一杯に昇華する。泡はなかなか消えず、口のまわりを白い泡だらけにして飲んでいると、快楽的な酔いに心を遊ばせることができる。もやい工藝の店頭でたまたま見かけて、個人的に大好きなオレンジとグリーンの色合わせ、どっしりと安定感のある造形に魅了され、衝動買いした。15年ほど前のことだろうか。後に恵一さんから中井窯との関わりについて話を伺った際、このカップのことを尋ねたら、記憶がないという。ボディの線に言及すると「ああ、線が入っているのなら僕のデザインだね」と素っ気なく答えた。あまり思い入れのなかったオリジナル製品だったのかもしれない。自分にはほかに替えの効かない実用的ビール容れだから、万一、割ってしまったときに備えて、同じカップをもうひとつストックしている。中井窯の現行品より、ずっと魅力的だと個人的には思うし、その違いをきちんと認識していくことが、恵一さんがしばしば口にしていた「眼が据わる」域に近づくことになるのかもしれない。なんちゃって!

LEICA M-E , MACRO ELMAR90mm f/4