2017年7月2日日曜日

Ambooksと松岡宏大さんの本


リーズナブルにクオリティの高い少部数出版が可能な日本の現況。そのメリットを活用し、一般の出版社では扱いにくい特定のテーマ本が、心底欲している限られた人に向けてつくられ始めている。写真や文章、伝えたいことにしっかり焦点を当てた簡素なレイアウトからは、著者の想いが純粋に伝わってきて、心掴まれる。同時に、デザイン、紙質、ページ数、印刷など、少部数出版の実際と実現への具体的ヒントをたくさんもらえて、前途に道が開かれていく希望を抱ける。

京都在住の装丁家・矢萩多聞さんが立ち上げた少部数出版レーベルAmbooksに大きな期待を寄せている人はきっと多いだろう。矢萩さんが装丁家の道を歩むルーツとなったインドの本をはじめ、なんと10冊限定の初版本を日本橋大伝馬町のブック・イベント「本との土曜日」で発売したことが、話題になった。独創的な装丁家自身がレイアウトし、オンデマンド印刷会社(高品質なオフセット印刷に対応)にデータを渡し、印刷してもらう。出来上がったものはSNSで出版状況を宣伝し、オンラインで発注できるほか、書店営業も行ない店頭でも手に取れるようにする。さらにはオンラインで受注した本は自ら発送する。読者のひとりである僕は矢萩さん手書きの手紙とAmbooksの本が包まれた郵便物を開けたとき、感激した。本への深い愛を感じた。その愛情に心打たれた。矢萩さんへの読後の感想は、メールで直接伝えることもできる。なんて、素晴らしい時代なのだろう。

まさに、ひとり出版社。そうした仕事を実践している人は、他にもいるかもしれない。けれど、矢萩さんはデザインはもちろん、告知の手法や販売システムなど、すべてが洗練されていて上質で、欲する人に届けることも大事に、ていねいに、誠実に考えている。大手出版社の書籍装丁という忙しい本業のかたわら、抜群のフットワークと、このバランスでつくりたい本を売ることができている人は矢萩さんが初めてだと思う。パイオニアだ。


僕が手に入れたのは、インドへの旅と、アジアやアフリカなどの工芸品が大好きで、しかも確かな審美眼も備えた編集者・ライター・写真家、松岡宏大さんの本。『ひとりみんぱく』は10冊限定の初版刊行から2ヶ月ほど経過し、2刷めの発売が矢萩さんによりアナウンスされた。すぐにオーダーして、京都から先日、届き、今は眼と心の至福の時間を堪能している。松岡さんの行動力、すば抜けた情報収集能力、そして写真の上手さは、地球の歩き方やarucoなどダイヤモンド社刊行のインドやスリランカのガイドブックで感嘆させられた。こんなマルチでなおかつスーパーな仕事ができる取材者はほかにいない。

大手出版社の要望に柔軟に応え、一般個人旅行者に寄り添う情報を集め、まとめる一方、自分が本当に好きなインドの人、物、食べ物、空気を抽出して、『持ち帰りたいインド』(誠文堂新光社)を制作した。自分の好きなことを伝える。その仕事ぶり、表現手法、かたちに結実する情念が凄い。本人に面識はないけれど、きっと、ニコニコと、さらりと、すごく深い領域に入りこんで、くまなく見て、感じて、表現できる人なのだろう。そんなしなやかで、自由で、タフな人物像を想像してしまう。

ATLANTIS創刊準備中の加藤直徳さん、Studio Journal knock』をひとりで制作する西山勲さん、そして矢萩さんや松岡さんがつくるような本を、僕にはなぞることはできない。それでも、自分なりのやりかたもきっと見出せるはず。そう大志をもって、旅と物の少部数本をかたちにしていきたい。お金はない。旅行ガイド編集者の本業もある。その範囲のなかで、できる限り、想いを紙の本に結びたい。

LEICA M-E , MACRO ELMAR90mm f/4