秋田県横手市のあけびカゴ職人・中川原信一さん。父親から継いだ高い技術であけびの蔓を緻密に編み組み、さまざまなカゴをつくる。なかでも手提げカゴは編み目の軽妙な雰囲気がどんな服装にも合い人気が高い。制作実演の場では自身のカゴをそばに置かれていたけれど、実際にふだん使いしている様を眺めていると惹かれる。まして男性の制作者自身の日用品だから自分が使うシーンが思い浮かべることができて、たまらなく欲しくなる。全国から引く手あまただから、相当なバックオーダーを中川原さんは抱えている。じつは僕もこの手提げカゴのいちばん大きなサイズ(上の写真のカゴよりひとまわり大きい、 A4サイズの書類が納まる)ものを4~5年前に頼んでいるのだけれど、いまだに出来上がってこない。そのことを伝えると、「なにかの手違いが起きているのかもしれないね」と中川原さん。もやい工藝に確認した方がよいのだろうか。大きなカゴはつくれなくなったという噂もあったが、本人は「いや、できます」と否定していた。
仕事をしながら中川原さんはラジオを聴いている。そうして世の中の動きや話題を知り、時事ネタを即興の掛け唄の歌詞に取りこみ、誰もが聞き惚れる美声で唄う。すごいのはあらかじめ仕こんでいたネタではなく、その場で思いついたことをとっさに、人の心をつかむ唄に変換する思考の速さと創造性豊かなセンス。こんな日本人が今いること自体が嬉しくなる。多くの人が待ち望み、暮らしを豊かにする愛用品を作り、圧巻の歌唱力でも魅了する。なんて羨ましい生き方ができる人なんだろうと崇敬の念が起きる。
手仕事フォーラムの全国フォーラムが催された盛岡・岩井沢家でも素晴らしい即興唄を披露してくれた。僕はアドリブで臨機応変に、しかも最高の表現ができる人を心から憧れるし、自分もそうありたいと願っている。
LEICA M-E , SUMMILUX50mm ASPH. f/1.4