2017年9月2日土曜日

デンマークの佳いもの


西新宿「リビングデザインセンターOZONE」にて『ボーエ・モーエンセンとFDBモブラー 展』が始まりました。その初日に1958年以降、デンマークの良質な家具デザインを日本に伝えてきた島崎 信さんによるセミナーを拝聴。セミナーの開催に気づいたのは前日のことなのですが、幸運にも満席の会場に滑りこめました。


1930年代までヨーロッパ向けの安物家具の生産地だったデンマークがいかに世界を代表する良質な家具を制作するに至ったのか。国民のほとんどが会員の職業別組合・FDBの設立の背景。「丈夫で、美しく、機能的。そして手頃な価格」の家具を理念に創立されたFDBモブラー社のこと。その初代企画デザイン責任者に就任したボーエ・モーエンセンのこと。良質なものを広めていく、安いものが何より良いという風潮を変えていくには、作り手・売り手企業側の意志の力が何より大切なのだと、島崎さんがわかりやすくレクチャーしてくださいました。



そして愛着を持てるものとは何か。使う人のことを考えた良質なものとは何か。僕が敬う民藝の考えに共通する島崎さんの言葉が心に深く沁み入り、感銘を受けたのでした。上の写真のウインザーチェアは英国の家具に感化された造形と思いますが、松本民藝家具の創始者・池田三四郎さんも英国様式のデザインに惹かれ、社内のデザイナーや職人に「写し」をさせ、今も販売を続ける定番製品に育てていきました。



しかし家具は造形の美以前に、座り触れるだけで心が休まり、豊かにもなる心地が大事。その感覚的なディテイルまでも果たして写せたのでしょうか。恩師は北欧の白木は湿度の高い日本の気候に合わないと批判していましたが、我が家のデンマークやフィンランドの白木家具は20数年使い続けて何も問題なく、僕の暮らしを支えてくれています。



デンマーク人には基本指標として「愛着のある物に囲まれそれなりの暮らしをするのが豊かなのだ」考えがあるそうです。ブランド物ではなく分相応な物。しかも長く使い続けられるものを選ぶ。心に響く考えだなぁ。安くてかわいいものを衝動的に買い、使い捨てする今の日本人の消費を批判しながら、真に豊かな暮らしについて島崎さんは説きます。




無料で観ることができる3階の会場には、モーエンセンがデザインした椅子やキャビネットなどの家具がずらり。ハンス・ウエグナーやアルネ・ヤコブセンの椅子のような際立った特徴はありませんが、シンプルな造形の椅子は価格をいかに抑えるか、座りやすくするか、自身の表現を排して使い手のことを真摯に考え抜いたすえの形なのでしょう。


FDBモブラー社の屋根裏にある図面室に残されていた家具の設計図を島崎さんは整理しながら、モーエンセンの思想を伝える貴重なものを選び、会場で展示しています。デザイナーが定めた寸法にユーザーに合わせてもらう。それが主流の当時の家具デザインにあって、モーエンセンは徹底的に一般の人たちの持ち物をリサーチしたそうです。例えばキャビネットならば収納する服、靴などのサイズを調べ、それがうまく収まる家具を設計していく。日本の畳一畳は人が寝るのに適したサイズなど、日本の尺貫法もよく勉強し、採り入れていたのだとか。モーエンセン、ウエグナー、ヤコブセンはみんな日本の尺貫法と建築に強い受けていたのだそうです。ちなみに東京駅前の中央郵便局を設計したことで知られる吉田鉄郎さんの著書『日本の建築』(鹿島出版会)は彼らの愛読書だったんですって。ところで、家具の図面には右下に設計図を書いた日が記述されています。島崎さんいわくこの図面がいつ書かれたものなのかがとても重要。見逃さないようにとのこと。


デザイン、建築に関わる仕事をしている人には強くお勧めする展示。明日以降も島崎さんが関わるトークイベントが予定されていますが、すでに予約受付は完了しているようです。それでも、反響の大きさから増員して受け付ける可能性もあるので、諦めずに電話で問い合わせてみてください。


明日上映されるドキュメンタリー映像「Borge Mogensen DESIGN FOR LIFE」はモーエンセンと交流し、詳しく知っていたつもりの島崎さんも驚いたという内容。家族がプライベートな側面を明かしているとか。会場では明日からこの映像のDVD(日本語翻訳版)も販売されるそうです。

*島崎さんの言葉を伝える記事として参考までに
AXIS Web Magazine
島崎信のモノローグ

LEICA M-E , MACRO ELMAR90mm f/4