学習会が敷地内のイーハートーヴ館で始まる前に到着し、『可否館』で丁寧にドリップした深煎りのコーヒーを堪能し、庭の木漏れ日に心を休める。午後遅い斜光がつくる影が趣深い。盛夏を過ぎた北東北の清らかな空気と透明な光。強くも柔らかい光と影の劇的で繊細な陰影はきっとこの時期、時間帯ならではだろう。ずっと憧れていた場所を最上の条件で愛でることができた幸運を歓びたい。この光景を瀟洒な建物と木々の配置で創出した及川隆二さんの美意識を讃えたい。
店内に入り、ここ10年来欲しかったものと対面する。及川さんが秋田・角館「藤木伝四郎商店」に別注をかけた『コーヒー豆入れ』。山桜の樹皮を用いて精巧に制作したオリジナル工藝品。写真は200g用だが、100g用の小さなタイプもある。一つを手にして購入の意思を伝えるとスタッフの方が展示しているもの、ストックしているもの、別館に置いてあるものすべてを集めて並べてくれた。スタッフ数人がさっと動き、その対応は魔法のように素早く気持ちいい。光原社の凄さの一面を観た思いがする。
この樺細工は自然素材だから一つとして同じ模様はない。これだけバリエーションがあると迷いに迷うものだけど、最初に眼が留まったものに手を伸ばす。白い樹皮が多めに表出した個体が自分の生活空間には合うと感じた。その直観を信じ迷いを捨てる。重きを置く美の基準・視点が試されている。美の感得を説き、示し続けてくれた恩師・久野恵一さんがそばに立ち「瞬時に選べ!」と声を掛けられている気がした。
盛岡市内のコーヒー豆焙煎工房で買った豆で容器を満たして家に持ち帰る。ダイニングテーブルのそばに置くと、食事の場に情趣がもたらされたようだ。たった一つの物が雰囲気を温かく変える。工業製品、大量生産品にはない存在感をこの容器はまとっている。使うと蓋の精度に驚かされる。実にスムーズに確実に開け閉めできる。その行為が快楽的に心地いい。極めて高い技術をもつ職人が手がけた物に違いない。世界一の手仕事良品をつくることができる日本の素晴らしさを誇りに思う。このコーヒー豆入れは使いこむほどに飴色に変わり、風合いをさらに増していくという。『可否館』のカウンターに使いこまれた物が置いてあったのを思い出しながら、その写真を撮らなかったことを後悔している。自身で毎日使い、10年、20年後に魅力を増した愛着品をいずれは披露したい。
LEICA M-E , SUMMILUX50mm ASPH. f/1.4