盛岡市鉈屋町のコーヒー豆焙煎工房「fulalafu」は注文を受けてから生豆を焙煎するのが基本スタイル。そのため豆を受け取るには少なくとも30分は要する。僕が訪ねたときは店内にたくさん人が待っていたので渡すまで1時間半はかかると告げられた。それでショーケースにあった数少ない焙煎済の例外商品のなかからやや深煎り(シティロースト)の豆を選んだ。『インドネシア トラジャ ランテカルア』という豆は「芳醇なコクのなかに柔らかですっきりとした酸味と甘み。そして苦味とのバランスもとれた秀逸な一品」という説明があった。たまたま現在、この店でいちばん金額の高い豆だった。
この豆がじつに好みのものだった。簡素な器具でラフに煎れたのにも関わらず多様な香りと味わいが口のなかで複雑に広がる官能に痺れた。豆の佳さを引きだしたのは鉈屋町で汲んだ湧き水だった。水道水の硬さとは異質のまろやかな水の旨味に唸った。水が違うとこうまでコーヒーはおいしくなるのか。歴然とした差に心底驚いた。
湧き水の効能に感銘を受け、ふだんのスロージョギングコースで水を汲むことにした。
日中は順番待ちが生じることもある人気スポットだから、夕暮れどきに着くよう家を出て目論み通り悠々と目的を果たせた。64オンス(約1.9L)の液体を運べるMiiRのボトルを満たし、パタゴニアのトレイルランニング用バックパックに納め、三浦半島一の急坂を登り降り、家まで揚々とした気分で走って帰った。
上質な豆と水が手に入れば、雑に煎れるなんてもったいなくてできなくなる。ていねいにコーヒーを淹れていた時期を思い起こし、使い始めて30年は経つケメックスにペーパーフィルターを二重重ねして、湯をポタポタと挽いた豆に落としてゆっくり煎れた。やや深煎りの豆だから酸化の速度は遅い。たっぷりと休日一日分愉しめるコーヒーを満喫した。冷めつつあったコーヒー熱が再燃の予感。盛岡の旅がかつての夢中を蘇らせてくれた。
LEICA M-E , MACRO ELMAR90mm f/4