2018年10月1日月曜日

katsuobushi



幼いころ、母は鰹節を毎朝削って、汁物や煮物に使っていた。自分も喜んで削る手伝いをした。半世紀前はどこの家庭にもあった当たり前の情景だっただろう。削りたてのおいしさは、曖昧な記憶となったが、身体が覚えているのでは。そんな期待を抱いて、河岸が日本橋にあった時代から鰹節一筋の商いをしている、築地場外の「松村」を取材した。波除神社向かいの角という場外の一等地。佃島の実家との位置関係から推察すると、母もここの鰹節を手に入れていたのかもしれない。



一本釣りされた鰹を蒸し、燻り、乾燥した荒節を薄く削った、特上の鰹節を試食のためにいただいた。上品で端正な和食に使われることが多いという。かすかな塩気があり、そのまま食べても最高の酒肴になる。スモーキィな風味がたまらない。



かつての母と同様に削りたてから出汁をとり、汁物をつくり、逗子「とちぎや」の木綿豆腐にふりかけたら、穏やかな滋味が優しく身体に沁み入ってきた。おせち料理も佃煮以外は自分でつくるほど料理熱心な母は70歳を過ぎて、食卓に立つことが少なくなり、スーパーの惣菜で食事を済ませるようになったが、手間より便利を選びたくなるタイミングがあるはず。その選択に意見するつもりは毛頭ない。味覚の根本が形成される幼少時に、ていねいな手料理を食卓に並べてくれた母にただ感謝したい。

「松村」には朝6〜9時を中心に料理人が買い付けに来る。彼らのなかに若い世代をたくさん見かけたのが嬉しい。和食の未来はきっと明るい。

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