たった一週間足らずの旅程では、多様な台湾料理のあれこれ、地元で評判の名店を広く食べ尽くすことはとうていかないません。ぼくの経済状態からすれば、500円以下で深く充たされる食堂がふさわしいのですが、新しい台湾の食を創造する店も体験してみたいと、ひとり飯ではやや敷居が高いのですが、インターネットで予約したうえ、閑静な高級住宅地にある「TUA」の扉を開きました。
素材のよさを引き出し、ヘルシーな自然食を創作するレストラン。一年のうち3カ月は旅に出て、音楽、建築、グルメ、インテリアに造詣を深めているオーナー、陳 超文さんが手がけた数多くのレストランのうちの一軒。界隈に多い、洗練された風情のアパートメントをリノベーション。ライカのブティックも近所に。裕福な人たちが暮らしていそうな地域に立地。店の看板をあえて出していないエクステリア、赤を基調とするコーディネイトは、CMの美術監督も務める陳さんの美意識でしょうか。台湾を代表する建築家、王大閎さんの自宅を陳さんが場の雰囲気を残しつつ活用した「四知堂」は、よしもとばななさんが台北でいちばんおいしいレストランと讃えています。「TUA」は「四知堂」の2号店的存在のようです。
訪ねた昼の開店直後、たまたま陳さんがインタビュー取材を受けるため、店に来ていて、北京語だけで潔く書かれたメニューの読解に戸惑うぼくに対して、親切に応じてくださいました。好みの食材を伝えて、あとは陳さんのおまかせに。
アンティークとオリジナル家具で構成される空間。眼に入るものすべてが、台湾きっての趣味人とされる陳さんのセンスが行き届いています。各テーブルには日本橋さるやの楊枝がセッティング。控えめの照明と緑越しの自然光がミックスする客席でくつろぎ、最初の料理を待ちます。
はじめの一皿は自家製黒豚のソーセージでした。続いて蒸したヘチマ、ハマグリのスープ、穀米のご飯。もうこれだけでおなかいっぱい。優しい味付けと素材に染みこむ滋味が口福。ソーセージを肴に、ワインを呑みたくなりますが、午後の取材が控えているので我慢。皿が運ばれるたびに、インタビューを中断して、料理の説明をしに、陳さんが来てくれるのには恐縮。
メインディッシュは、ノドグロの酒蒸しでした。キノコやアスパラガス、あさり、豆が添えられる。野菜、魚とも上質なものを厳選していることが伝わってきます。しかし、近頃、小食となったぼくひとりでは食べきれないボリューム。陳さんはにこにこしながら、スペインのオリーブオイルが合うよ、と振りかけてくれます。
食後スイーツはやはり別腹。美しい女性スタッフが「どれにする?」と運んできてくれました。
モダンな店の空気と誠実なもてなしを満喫。陳さんの心遣いには謝謝です。一見クールな台北人の温かさに触れられた気がしました。おまかせコースのため、会計時に少しドキドキしましたが、予想に近い適正な値段。ミラクルな食体験をありがとう。また行きたいな。
LEICA M-E , SUMMILUX50mmASPH.